2017年5月 8日 (月曜日)

 私の世界史学習 今日このごろ-2

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                    吉田 悟郎旧制成城高校新聞部

最近、佐久の医者‏色平哲郎の<どのような戦前を目指しているのか)という文章を読んだ。以下同氏の文章。
 一口に戦前といっても、幾つもの時期があり、多種多様な要素が混ざり合っている。今政権を盛り立てている勢力は、そのうちどの面に対しファナティックな情熱を示し、どの面に無関心なのか。このことから、私たちがどのような被害を受けることになりそうかを予測することができる。彼らは、カミカゼ特攻隊、散華(さんげ)、英霊といったものを崇高なものとみなし、ファナティックな感動を示す。また、日本国憲法、個人の権利、個人の自由 といったもの を憎む。また、中国と韓国が日本に「逆らう」ことに常軌を逸した憎悪を示す(中国が 超大国になった21世紀に、この上下感覚は滑稽ですらある( そして国防上きわめて危険である)。対して、日露戦争で局地的な勝利を得た後、自軍が消耗しきっている事実を認識し、高額の賠償金や領土割譲をあきらめた明治政府の判断をほめたたえる、といったことはしようとしない。それどころか、アメリカと無謀な戦争をしたエリートたちを復権しようとする。
 これらのことから、現在の「ウルトラ・ナショナリスト」勢力が取り戻そうとしている「戦前の美しい日本」なるものは、明治維新以降さまざまな部分が混ざり合って進む日本近代史の中で、昭和初期から敗戦までの時期に暴走し、悲惨な結果をもたらした最悪の要素であることがわかる。一言でいえば、それは個を超えた集合的生命として崇拝される〈天皇中心の国体〉なるものである。この共同幻想が世界の八隅を一つの家のように覆う(八紘一宇)ことをめざす、祭政一致の全体主義社会。これが昭和初期から敗戦までの大日本帝国であった。( http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51438

前回に述べた畏友三木亘に次いで長野の板垣雄三は、かねがね我らに巣食う<欧米中心主義>に替わるスーパー・モダニティを求めて、21世紀の16年には次のような思考に到達した。地域に世界の超近代を発見・発掘するこれまで、「伝統(じかた)vs.近代(西洋)」という図式が災いして、世界各地の社会・文化に具わる自前・土着のSupermodernityを見落としてきたのではないか。以下の 例はどうか?
琉球 いちゃりばちょおでぇ(行き逢えばきょうだい)
南部アフリカ ウブントゥubuntu(みんながあっての、わたし)
上座仏教世界 パンチャシラPanca-sila 殺生・盗み・姦淫・嘘・薬物依存の禁止
心機一転して、読み替えの材料としてみては?
 世界ことわざ大事典 柴田武・谷川俊太郎・矢川澄子、大修館書店、1995年) 世界ことわざの泉 山形孝夫監修、河北新報出版センター編、2008年
宮本常一『庶民の発見』、『家郷の訓』など(同著作集、25巻、未来社)
 
安丸良夫『日本の近代化と民衆思想』・『文明化の経験(安丸良夫集全6巻、岩波書店)・・・通俗道徳、民衆宗教の視点からー任意の地域の任意の文学作品
板垣雄三 板垣は、「日本」イデオロギーの西欧<近代>の病変との同調を指摘している。
「和」三国意識(本朝・唐土(震旦)・天竺)  
和(倭)国Identity
本地垂迹説→根本枝葉花実説→国学 西洋出現    
脱亜入欧かアジア主義か 粟散国・盟主 八紘一宇
輪・環・我 内/外むくりこくり鬼が来る福は 内鬼は外
板垣雄三「アジアと日本」『アジア現代史4』、青木書店、1983年板垣雄三「戦後史批判」『歴史家が語る戦後史と私』、吉川弘文館、1996年
征夷 
 俘囚・熟蝦夷 武士団 征夷大将軍の権力  
サムライ 征服・拠点構築 反乱鎮圧 騙まし討ち 武士道美化
 分断と収奪と統合 植民地主義・人種主義 ・軍国主義 島津入り・琉球処分 蝦夷地
北海道開拓 台湾・朝鮮・樺太・南洋群島 満蒙開拓団 欧米の植民地主義との並行性
板垣の指摘する「日本」イデオロギー即西欧<近代>の病変と同調、欧米イデオロギーに代わりこれを補強するものとしての日本イデオロギーの存在に気づかされた私も、「西洋史演習のなかでの日本史イデオロギーの存在」(『自立と共生の世界史学』1980年、青木書店)に書いている。だが、多くの歴史家,日本史家の中で(日本イデロギー)の批判を試みる者は板垣ぐらいではなかったろうか。板垣雄三「戦後史批判」『歴史家が語る戦後史と私』(吉川弘文館、1996年)は、そのことを示している。私自身は、オキナワへの構造的差別に気づき、「血を流し引きずり出される乗客」と「沖縄」がダブってみえる。
cf. 2017年4月13日「時代をみる」澤藤統一郎(Tweet<澤藤統一郎:弁護士>)
征夷大将軍、アテルイ顕彰などを経て、日本イデオロギーの根強さ、そして現在の(美しき日本)の氾濫へ。戦前への逆行。
 アテルイを題材とした創作(編集) 1990年代頃からアテルイを題材とした様々な創作 活動が起こっている。
小説 『陸奥甲冑記』澤田ふじ子著。1982年第3回吉川英治文学新人賞を受賞。『火怨』高橋克彦著。アテルイと坂上田村麻呂との戦いをアテルイ・蝦夷の視点から描いている。2000年吉川英治文学賞を受賞。『炎立つ』高橋克彦著。奥州藤原氏の興亡を描く作品で、冒頭でアテルイと坂上田村麻呂の因縁が描かれる『帝都幻談』荒俣宏著。
漫画 『阿弖流為II世』原作・高橋克彦、作画・原哲夫XEMBALA シャンバラ』津寺里可子作 アテルイと坂上田村麻呂をモチーフにした漫画。Madman call』作・津寺里可子 上記シャンバラのキャラであるアテルイ達の遺伝子を継ぐ者達の現代での戦い。
アニメ 『アテルイ』 2002年 長編アニメーション。没後1200年を機に製作された。 
舞台 創作人間影絵劇『アテルイの涙』-1992年当時、岩手県の小学校教師だったジョヴァンニ安東が児童と共に制作・発表し、地元岩手で大きな反響を呼ぶ。
ミュージカル ミュージカル『アテルイ-北の燿星』(わらび座)-原作は小説「火怨」。2004年「月刊ミュージカル」誌の作品部門で10位にランクイン。タキナ役の丸山有子は小田島雄志賞を受賞した。
ミュージカル『阿弖流為―ATERUI―』(宝塚歌劇団星組)- 原作は小説「火怨」。脚本・演出:大野拓史、主演:礼真琴。2017年夏に梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ、日本青年館にて上演予定[10]AKURO 悪路』(TSミュージカルファンデーション) - 初演2006年・再演2008年に公演された舞台。演出・振付:謝珠栄。悪路王をアテルイとして描いた作品。
歌舞伎 『アテルイ』(劇団☆新感線)2012年に新橋演舞場で公演された。主演・市川染五郎。2015年には『阿弖流為(あてるい)』の題で歌舞伎化された[11]
︎TVドラマ 『炎立つ』 -原作は小説「炎立つ」。NHK大河ドラマ。阿弖流為役:里見浩太郎、母礼役:塩見三省
『火怨・北の英雄 アテルイ伝』 - 原作は小説「火怨」。2013年1月のNHKBSプレミアムBS時代劇及び土曜ドラマで放送された。主演・大沢たかお
ゲーム 『阿弖流為伝』 (ウォーゲーム日本史)
音楽 『アテルイとモレの逆襲』- ソウル・フラワー・ユニオンのシングル「極東戦線異状なし!?」に収録。
ウェブサイト アテルイの復権・顕彰活動を進める「アテルイを顕彰する会」の発信幅広いアテルイ顕彰活動の情報サイト「アテルイを顕彰する会」→<夷>通信
やや古い文献ですが
WEB雑誌『憎まれ愚痴』/『亜空間通信』306号(2002/07/18)
阿修羅投稿を02.12再録┃憎まれ愚痴入口┃木村書店┃911事件『亜空間通信』80歳前後の2人は旧知で1人は未知の歴史碩学3人の911「テロ」巡る電網鼎談 三木亘・板垣雄三・吉田悟郎

画像: 火怨 上 北の燿星アテルイ

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2017年4月22日 (土曜日)

私の世界史学習 今日このごろ-1

 Miki 
                   吉田 悟郎旧制成城高校新聞部


 三木 とは、20世紀~21世紀を通じて世界史研究・世界史教育の多くの面で切磋琢磨し合い、多くの刺激をうけてきた。吉岡力の歴史教育研究所で、また東京外国語大学の研究会で。

 彼は20世紀の60年代から、普通、文部省などが指導要領で法的に規制しているいわゆる<世界史>を 欧米伝来の<悪の世界史>と批判してきた。→三木 悪としての世界史 (文春学藝ライブラリー2016年三木  ()21世紀も17年の現在、シリア・北朝鮮におけるワシントン政権の動きは世界を撹乱している。<マスコミに載らない海外記事>サイトに<シリア: トランプは第三次世界大戦を始めたのかも知れないPeter Koenig Global Research>という海外記事が掲載された。驚いたことには、そこでPeter Koenig が指摘し警鐘をならしていることが、日本の三木亘の警告と一致するということだ。Peter Koenigは、経済学者で地政学専門家。彼は元世界銀行職員で、 世界各地で環境と水資源について広範囲に働いた。日本の三木亘と一致するPeter Koenigの警告をしばらく聴いてみようか。シリア: トランプは第三次世界大戦を始めたのかも知れない<Peter Koenig 月8Global Research
 トランプ大統領はシリアのホムスに近いアル-シャイラート空軍基地に対し、地中海のアメリカ戦艦から少なくとも59発のトマホーク・ミサイルによるシリア攻撃を命じた。ホムス県知事のタラル・バラジが、数人の死者を報告しているが、現時点ではそれ以上の詳細はない。このトマホーク攻撃は、4月4日、イドリブ県の一般市民を標的に、多くの子供を含む、60人以上を殺害したバシャール・アル-アサドによる神経ガス攻撃とされるものへの反撃ということになっている。
 世界級’偽旗作戦の異臭紛々だ。だが誰もそれを嗅ぎ取らず、誰もそれを見たがらず、誰も聞きたがらず、特に、誰も話そうとしない。真実を語ってはならないのだ。何らかの調査で真実が明らかになる前に、即座に攻撃をしかけなければならなかったのだ。いつもそうだった。証人の殺害だ。ワシントンと、そのシオニストのご主人は、それを良くご存じだ。
 ペンタゴンはモスクワに攻撃を知らせたと語っている。まだロシア政府から反応はない。 プーチン大統領は先にこう述べていた。“徹底的で偏りのない国際的な調査が行われるまでは、誰かを責めることは認められない。”元CIA職員でCouncil for the National Interestの理事長、フィリップ・ジラルディが、諜報に“精通している”“軍や諜報機関の職員”たちが、アサドやロシアがこれを行ったという言説は“でたらめ”だと言っていると述べている。これは、アサドのせいにするために、CIAがそそのかし、サウジアラビア-トルコの飛行機が実行した偽旗作戦の典型例だ。欧米売女マスコミが、2013年、アメリカの“人道的”軍事介入を正当化するために、東グータの化学兵器攻撃で子供たちが殺害されたのと同じウソを、欧米諸国民の洗脳された頭に流布し、たたき込んだ。当時も、今回のように、ウソがばれる前に、即座にワシントンによる攻撃が行われるはずだったが、プーチン大統領がワシントンに攻撃せぬよう、さもないとひどいことになると警告して介入し、調査を主張した。シリアのタルトゥースのロシア海軍施設とフメイミム空軍基地がアメリカの攻撃に反撃する用意ができていた。
 後に、この攻撃はシリア軍によって行われたものではなく、アサド大統領が命じたものでもなく、それは実際またしても、CIAが引き起こした2011年‘内戦’開始のずっと前、2009年以来計画されていた‘政権転覆’を正当化するべく、アサド大統領のせいにするため、シリアの反対派、いわゆる反政府派、実際は欧米が雇ったテロリストが行った、偽旗作戦だったことが疑いようもないほどに明らかにされた。
(http://www.globalresearch.ca/the-ghouta-chemical-attacks-us-backed-false-flag-killing-children-to-justify-a-humanitarian-military-intervention/5351363
 骨の髄まで腐りきった欧米世界が、こうしたウソをうのみにし、シリア国民に選ばれ、今も80%以上の国民の支持を受けているシリア唯一の正当な大統領、アサド排除のため、対シリア戦争を、実際あからさまに要求しているさまを見るのは気がめいる。有名な社会主義者連中、いわゆる平和推進者の目は、欧米大企業のウソ機構のおかげで、かすんでいるのだ。そういう光景を目にするのは悲しい。彼らは欧米の犯罪的マスコミを信じているのだ。彼らにとってさえ自分自身がおそらく終生、だまされてきたことを認めるのは余りに困難だが、今や現実を探し求め、見るべきなのだ。連中にはそれができない。自国民、シリアの子供たち、シリアの未来を殺して、アサド大統領に一体何の利益があるだろうと自らの内心を見つめ、自らに問うことをせず、シリアが未来を持てるよう神よ助けたまえと祈るのだ。こうした卑しい‘進歩派’は高潔すぎるあまり、現実を認めることができない。そのかわりに連中は一緒に目がくらみ、‘政権転覆’を要求している。それこそまさに、この不快なワシントン中心部のホワイト・ハウスと呼ばれる暗殺者連中記念建造物の背後に潜む、ワシントンとシオニストの下手人連中が望んでいることだ。
 我々はまたしても、より高次元の‘グラディオ作戦’の中で暮らしている-そこでは悪が支配し、かつて人類と呼ばれたものの中で最も恐ろしい連中が権力を握り、世界覇権という、連中の大きな目標のため、無辜の人々を冷酷に殺害。このユダヤ-キリスト教‘文明’(原文通り)には、十字軍による1000年以上の殺害、そしてそれに続く、アジアからアフリカ、更には中南米に至る世界中の国々と人々の植民地化しての殺りくと強姦と搾取の実績があり、終わりがない。我が欧米‘文化’は、堕落した大天使ルシフェルと、強欲と権力のために殺りくを続けている彼の金融界の一族に売り渡されたのだ。
人々よ目覚めよ! - さもなくば、次はあなたかも知れない。
 何か変だ、采配を振るっている連中はウソつきだ、世界の正義は悪と共ににあるのではない。正義は隷属や権力や物質的利益ではなく、平和と我々人類兄弟姉妹の団結と調和を求めている、と語るひらめきが、我々全員の頭のどこかに残されているはずだ。この怪獣は何の良心の呵責も感じないことにも注意が向けられた。その目的は一つ、全面支配で、この目標が完全に実現されるか、あるいは怪物、例外的な国が、他のものに支配され、機能停止させられるまでは、いかなる場合も諦めようとはしない。
  人々よ、立ち上がり、帝国を機能停止させよう!
 ユーゴスラビア、リビア、イラク、ソマリア、アフガニスタンがそうであり、今後更にいくつもの国々がそうなるだろうように、シリアとて、この残忍なチェス盤の一角に過ぎない。狙いは‘戦争に勝つ’ことではない - それは単純に 過ぎる。狙いは、その後に永遠の混乱を産み出すことだ。シリアの場合は、クリントンがユーゴスラビアに対して行ったような複数の小国に分割することだ。いつもの‘分割して支配’は、何百年たっても機能する。人は今もこうした最古かつ、最も基本的な戦争戦略が見えないのだ。人々は今でも、まんまとそれに引っ掛かる。気づいてはいけない。ウソは鵜呑みにするものだ。
 シリアは、いちかばちかの状況にある。戦争・兵器業界のあきれるほどのもうけに加えて - 湾岸からヨーロッパに石油とガスを送り、ロシア・ガスのヨーロッパ市場を消滅させ、アメリカの巨大石油企業が何兆ドルも儲けるはずだった、カタール-トルコ-シリア・パイプライン。アサド大統領が2009年に拒否したこのパイプラインについては、ほとんど語られることがない。逆にアサド大統領は、シリア経由でヨーロッパに向かうイラン・パイプラインを承認し推進した。イランの炭化水素は、ロシアからヨーロッパへのガスと石油と競合するのではなく、むしろ補完するはずだった。そこでオバマは、バシャール・アル-アサドを排除しなければならないと決めたのだ。それは、小国に分割した中東で、軍需産業が絶えず紛争をあおり、最終的に、サウジアラビアの一部、イラク、ヨルダン、シリア、レバノンとエジプトを併合し、ユーフラテス川からナイル川にまでわたる大イスラエルに至るより大きな全体像にもぴったりだ。“これは暴虐だ。違法な同盟の下で仮装し、あらかじめ定められた奴隷化がやってくる。ヒトラ=のかまど風ではないかも知れないが、組織的で疑似科学的な人類の隷属だ。人類の全くの屈辱だ。人類の恥辱だ”、ギリシャ人詩人オデッセアス・エリティスの ノーベル賞受賞記者会見時(1999年)の言葉。
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 ブナ林便り開始から15年、事態はどう変わったか。<一銭五厘の詩>が示すように、万事が戦前に逆行、防衛予算は戦後最高となり、武器輸出に大企業・政府懸命。独裁政権は三分の二与党にアグラを書き、庶民の命、福祉など眼中にない。改憲・戦争は目の前だ。いや、狂気の時代にある。
★→雑談日記(徒然なるままに。)ひなたぼっこ|バナー倉庫
★★おまけに
[PDF] 47回*2006年7月2日 パネラー:三木亘 リプライ講演:いいだもも 
これはおもしろい 是非読まれるとよい。
狂気の時代 そんなことあるか?というかた。昨日今日の数々のウエブを御覧あれ。
Wsfj18808色平哲郎「安倍政権が吹っ飛ぶ」加計学園問題で関係者が重大証言 2017年4月13日
五十嵐 仁の【転成仁語
共謀罪法案の審議が抱える3つの弱点と1つの壁 [国会]

マスコミに載らない海外記事 Paul Craig Roberts『ハルマゲドンが近づいているのだろうか?』2017年4月14日

画像:(悪としての世界史 三木 亘)

 

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2016年3月23日 (水曜日)

世界史学への道程

 1                吉田 悟郎 旧制成城高校新聞部

ブナ林便り』のトップページに書いたように、私の世界史学への道程で初期から影響を受けてきた稀有の知性に年齢は私より若いが、中東学者の三木亘板垣雄三の二人がいる。上原専禄先生とともに、この二人に出会えたことは幸運であったと思う。

 三木亘(1925~)については、それほど知られていないので、彼の学歴をウィキペデイアで見れば、慶応義塾大学名誉教授、専門は歴史生態学、民族生業学、世界史学など。東京大学文学部西洋史学科を卒業後、都立高校教員となり東京深川高等高校、東京都立大学付属高等学校などで歴史学を教える。その後、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授となった後に、慶応義塾大学文学部教授に赴任する。同大学の名誉教授として退職後は、静岡精華短期大学教授を歴任した。」とあり、著書・訳書として、『イスラム世界の人びと』東洋経済新報社1984年、『世界史の第二ラウンドは可能か』(これからの世界史2)平凡社1988年、『KMパニッカル インドの歴史』東洋経済新報社『1959年、Wモンゴメリ/ワット地中海世界のイスラム』筑摩書房、1984年、ちくま学芸文庫2008年、とある。
 東洋経済から出した『イスラム世界の人びと』は全巻三木亘の編集で、第一巻総論の「世界史のなかのイスラム世界」という画期的な重要な論考は三木亘の書いたものであり、1954年に刊行を開始した東洋経済新報社の上原専禄ら監修の『世界史講座』全五巻も三木亘が編集に携わっている。三木とのつきあいは、駒場東大の裏門の近くにあった吉岡力さんの「歴史教育研究所」で始まり、以後世界史学への道程の過程でさまざまな場で彼から享ける刺激は大きかった。
 今度、全国高校生新聞から投稿を依頼されたので、三木亘から三王(昌代)さんを通じて頂戴した『三木亘著作選 悪の世界史』を開いてみたら三木先生の慶応での教え子一年生である詩人 新井高子さんの『姫路の吟遊詩人ーほんとうの知性』という三木亘先生の全貌を詩的才能で歌われた極めて大事な文章を読ませていただき、これはと感じてネット入力させていただいた。
 三木亘について、これほど丹念に描かれたものを拝見できたことは、新しい喜びであり。道半ばである私の世界史学への困難な道程にとって新しい励みにもなるものである。版権の問題などあろうが、ご無礼を省みず、つぎに全文掲載させていただく。次代の子供たちに三木亘という先達のことを是非知ってもらおうと思うから。

新井高子  姫路の吟遊詩人-ほんとうの知性
  『出会いは、一九八六年四月、私は大学一年生で、三木先生も一年生、慶応義塾大学教授に着任した春だった。「東洋史概説」をなぜ選んだのか。よく分からない。一般教養の単位を満たすためには違いないが、当時の私は、詩か荻原朔太郎をテーマにしようと、二年になったら仏文科か国文科に進むつもりでいた。
 百人は入る教室、古ぼけた日吉校舎の重厚な窓枠は,風が吹くと、がらがらんとよく響いた。学生が七、八人しかいなかったから、翌年以降は、東洋史学科随一の人気科目になるわけだから、贅沢なこと。
 三木先生はたいてい遅れて現れ、「先週、どこまで話したっけ?」の一言がある。学生の理解を確かめているのではなく、ほんとうに忘れてしまったようなのだ。教壇のすぐ前に座った学生が、いつしか答える係りになった。「ア、そうか・・・・」と少し笑った先生は、照れかくしなのか間持たせなのか、必ずしばらく咳払いする。そして、風の響きに応じるように、低音の美声で、三木節を始める。
 生態系から見た地域論、周辺から覆されていく権力交替論、ムスリムの信仰行為など、本書(『悪の世界史』三木亘著作選)にも収録されているような三木理論が授業でも展開されたのは言うまでもないが、ちゃらんぽらん学生の私は、「脱線」も楽しみだった。
 「あ、いま、ひょっと思い出したんですが・・・」が、お決まりの入り口。チュニジアで食べた魚料理がどれほど美味しかったか、ファイルーズの歌声がごれほど素晴らしいか、カイロの薬屋で働いていた少年の瞳がどんなに輝いていたか・・・。ディテールまで如実に伝える語り口なので、例えば、チュニジアの話なら、その海の素晴らしい青色が私たちの眼前に浮かび、先生が市場近くの食堂に立ち寄れば,生唾がこみ上げるほど逸品なイワシのオリーブオイル揚げ。カリッと尾ひれがにおいたつような。そうして、教師と学生の頭の中にともに浮かんだ地中海の魚たちはどうも勝手に泳ぎだす。インド洋、東シナ海を渡り、何時しか、先生の住まいのある、三浦半島の地魚や漁法の豊かさにまで転生してしまう。
 そこで、アレッと首を傾げ、絶妙の間合いで、「俺、最初は何を話してたんだっけ?」。ふたたび、先ほどの学生から助け舟。「そ、そうだった、そうだった」と頬を染める。先生は、もちろん照れ笑いしているのだが、細めた目のなんと福福しいことか。
 このような自由自在の比較論、まさしく奔流する知性に惹かれ,専攻を東洋史学科に変えてしまうのだが、そんな学生が決して珍しくなかった。人間まで勝手に泳がす才能、ふと脱線させて引き寄せる度量が、どうやら三木先生にはあるらしい。講義を「ライブ」と自称し、先週の内容さえ忘れた様子なのは、実はそのときの自分、そのときの相手、互いの波長を敏感に感じとりながら、語りたくなったことを存分に語り下ろすため、イワシのフライへの脱線は、もしかしたら、腹が減った学生の顔に閃いたのかもしれない。
 本書の刊行のため著作を読み返し改めて実感したのだが、このような術は、文章でもあちこちで発揮されている。初期のものにも萌芽はあるが、八○年代に入ったあたりから、いっそう加速がかかる気がする。いわゆる書き言葉に飽き足らず、話し言葉的なレトリックを旺盛に取り込み、洒脱な脱線による横断も踏まえつつ、歴史理論や中東社会、フィールド体験を記していく方法。読者の心にじかに語りかけるような、論文とエッセイのはざまの書き物である。八二年の「宮本常一さんのこと」、八五年の「等身大ということ」、九二年の「つきあいがかんじん」など、この手の名作がたいへん多い。
 都立深川高校、都立大学付属高校の社会科教師として生徒と向き合いながら、授業を語り物、つまり声の人間表現に構築し出し、更に東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)ではふんだんなフィールドワークを積んで、中東やインドの人間そのものと出会った三木先生による、何とも素敵な知恵の花。
 「先生には吟遊詩人の才能があるような気がする」と私がぽつんと呟いたとき、まんざらでもなさそうな、いや、かなり愉しそうな表情だったのは、むしろ確信的に、それに近いことを目指していたからではないだろうか。世界史的なパラダイムによる大胆な文明論、イスラム世界の香料薬種商の丹念な調査などの業績は言うまでもないが、ながらく講義に耳を傾け、いまでは詩の書き手になった私が、その立場から、三木先生が取り組んだ大事な仕事の一つを挙げるなら、「声の史学」の創造なのだろう。
 後世に記述を残す歴史と、発したらすぐ消えてしまう声とは、一般には相反するものどうしだが、「からだ」なるものを媒介に、先生は二つを結び付けようとする。ご自宅の車庫のスペースに、イスラム関係の貴重な資料が山積みになったまま、しばらくシャッターさえ開けていないことが話題になったとき、「いいんだよ、おれの資料はもうぜんぶ、からだに入ってる」と言って退けた。ノートやメモを講義に持ってきたこともほとんどなかった。会えば、最近読んだ面白い本を必ず教えてくれ、米寿を迎えてなお好奇心旺盛な先生だが、基本は身一つの人。
 おそらく慶応に赴任する前後から、からだに残ったものだけを教えて信じてみると言う、研究者としてはかなり過激な方法を選び出したのではないだろうか。まるで、フィールド先で出会った、文字をさほど重視しないアラブの語り部のように・・・。記憶の中に薬草学の奥深い研鑽、土地の人が温めてきた何百年もの知恵の時間を埋没させた存在の振る舞いに、自分と史学を実験台にして、なり替わることを意図したように・・・。
 さきほどの名作たちは、ふつうの大学教員がものするときの方法、文献資料を机の脇に置き、たびたび参照し引用し・・・という方法をほぼ無視している。記憶にあること、からだに埋まっていることを頼りに、対象の「本質」に迫ろうとする。身から湧いて出るほど、こなれた知識でなければ、けっきょく個人を支えられない、状況を変える力にはならない。つまり、読み手の明日を新しくする「ほんとうの知性」にはならないという達観、いや哲学なのだろう。今日の知の枠組みそのものに,礫を投じるアジテーション、批判行為でもある。
 三木先生の集大成の一つ、『世界史の第二ラウンドは可能か』〈平凡社、一九九八年)が、AA研でしばしばフィールドをともにした家島彦一先生を聞き手にした、語り下ろしであったのは、言わばそうでなければ成立しなかったのだ。「文字」でなく、「声」によって史学を創ること、その結晶ではないだろうか。
 ご自身が仕掛け人であった社会史という分野を開拓しつつ、いつしか、ひょいと、宙返りしてしまい、歴史という野原に自ら立って、「ハーメルンの笛吹き男」を演じているような、そこを大学生という子供たちが群がっているような、幻惑を私は感じる。
 知的なおしゃべりを学生たちにもさかんに勧めていたのである。関西生まれの先生は、「京都の学問にはその伝統があったが、野蛮な東京は・・・」と。
 これまで何度、いっしょに酒を飲んだだろうか。ゼミの飲み会から始まって、卒業後もえんえんと・・・。ほんとうに数えることができない。気に入った本や映画、旅先での出来事を青い私たちが話し出すと、いかにも楽しげに頷いてくれたっけ、今からすれば、語りはもちろん、おしゃべりさえなっていない、ことばの断片だったろうに・・・。衒いのないカケラから人を育てようとされていたのだと思う。私が第一詩集を出したとき、いの一番に届けると、「お嬢さん芸!」のひと言で一蹴されたが、ひらり、厳しい一面も纏いつつ、ちなみに、大学卒業後に全国銀行従業員組合書記をされていた時代、のちに石垣りんを世に送る『銀行員の詩集』を発案したのは三木先生、シャープな詩の読み手でもある。ハーメルン,否、「姫路の笛吹き男」は、流れ流れてたどり着いた関東平野で、喉という楽器を鳴らしながら、自己と周囲を新しくできる人間へとけしかけるべく、日夜、人さらいをする。本書を手にする次なる子どもたちも、祝福するかもしれない。これは危険な本でもあろう。
 では、なぜ、そのような笛を選んだのか、続けるのか。しばらく前、ご自身の自伝をやはり声で語る会があったが、生い立ちから終戦前後までの体験が大きかったようだ。
 一九四五年三月十日、東京大空襲の深夜、第一高等学校の学生だった先生は、駒場の寮の屋上から、燃える町を見下ろしていた。そのとき、その炎を、どこか「美しい」と感じてしまったようだ。焼夷弾の嵐は頭上を襲うかもしれないのに・・・。
 どうしようもなく、世の中からズレている。そんな人間は、いや、じつは、美しいと感じることに決めてしまったのかもしれない。敢えて、恐怖や怒りより先立たせたのかもしれない・・・と私は思う。かなり本能的ではあるけれども、れっきとした意志の働きではなかったか。空襲の夜が明け、下町へ恋人を探しに行けば、何人もの絶命を目にしたと言う。三木先生には、何とも腹深い捩れというか、ご自身にもたぶん制御できない生意気がある。焼けていく地平を見つめながら、その記憶を反芻しながら、壮絶を,だからこそ梃子に変えたくなるような、妙な心。
 反骨と呼ぶこともできそうだが、先生の場合、虐げられた経験や思想の吸収から次第に獲得したのではなく、ほとんど三つ児の魂で持たされたようなのだ。播州一円に草履を商う仲卸し問屋の息子として生を受けた当時の姫路は、商都であると同時に、日本帝国陸軍第十師団と歩兵第三八連隊の司令部が置かれた軍都。つまり、地付きの商人と移住してきた軍人、二つの異なれる人種の軋轢を生まれながら感じざるを得なかった。それをつくづく感じられるほど、内面的で聡明な少年であった・・・。妙な心のはじまりは、そんな子供の「牙」ではないか。自転車ですれ違った軍事教練の教官に敢えて路上で挨拶せず、あとでコテンパンに殴られたこともあったという。だから、生意気のほうがかえってふさわしい。既存の知の秩序への挑発も孕む「声の史学」、その発想の根も、姫路の町ッ子の感性なのだろう。
 本書は、慶応大学の同僚である湯川武先生の卓抜な編集手腕のもと、教え子たちが結集し、デーaタ入力を分担して代行される。孤立社会、出版不況と評される中、三木先生の意気の胞子は、しぶとく受け継がれようとしているんじゃないか。姫路の吟遊詩人の奇跡として・・・・。』
入力を終え、はっきり想いだすことがある。
今は止まっているが、以前は頂戴した三木先生の賀状に必ず記してあった言葉である。 

   戦国乱世に生きる また 愉しからずや

悪としての世界史』の頒布
| 東京大学中東地域研究センター

画像:「世界史の第二ラウンドは可能か  」(平凡社)

 

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2016年1月23日 (土曜日)

旧制高校新聞部員から<毎日更新『ブナ林便り』まで

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                 吉田 悟郎 旧制成城高校新聞部
私は旧制成城高校の新聞部員だったことになっているが、実は 部室に入るのにも脇の靴箱に乗って窓からこっそり入る秘密部員だ った。高校入学早々の新入生の投稿を求められた時、当時勃発した ばかりの日支事変(日中15年戦争の本格化)に対して、無教会主義 キリスト教(次兄がとっていた塚本虎二の小冊子『聖書知識』)の 影響で戦争批判の文章を書いたのが、学校当局の検閲に引っかかり 他の数名の投稿者とともに、であったと思うが、職員会議で執筆停止、新聞部入部禁止がきまったのである。それから三年間は、表向きはその禁止令に従いながら、校外での活動、取材・執筆特に芝にあった印刷所(丸の内新聞社)での新聞の編集校正印刷などには公然と参加し、秘密部員として思う存分のことがやれたのである、三年の卒業間際には公然と署名執筆を許され(ナトルプ文庫なども読む勉強家であるから・・とかで)、レクラム文庫にあったレヱルモントフの長詩の独訳の重訳を実名入りで『成城学園時報』に掲載できた。そのあとの、東大文学部繰上げ卒業・学徒出陣二年目、1944年10月1日近衛歩兵第一連隊へ入営で兵隊として田安門をくぐって以後の戦争体験については省略する(帝国軍隊の月とスッポン、足掛け四年間は在籍した近衛師団司令部情報班から今ではPCで探してもみつからない東京船舶隊司令部への転出―今にして思えば、<始まりの本土決戦>という戦争体験(『小さな潜水艦に恋をしたどでかいクジラの話』という野坂昭如の絵本・戦争物語を参照)・・・ですが)。
敗戦後は、GHQのアルバイト(丸の内中央郵便局二階)を経て旧日本評論社で出版編集者として岩波文庫の向こうを張って「世界古典文庫」を専ら企画編集、『日本の国ができるまで』『地球と人類が生まれるまで』その他の絵解き歴史を企画・執筆・編修し、社のごたごた(多くの友人が不当に馘首された)から病気理由で退社、教育文化研究所を創立したが、数ヶ月で出版の夢破れ、中学時代の恩師の推薦で新設の府立広尾高校の社会科世界史教師となる。
上原専禄先生に師事し、七人のサムライとともに官製世界史の検 定と闘い『日本国民の世界史』(岩波)を刊行、新しい世界史学創造の道程に入って、今日まで続けてきた。
2016年2月8日で満95歳。80歳の時、思うところあってワープロからPCにとりつき、すぐインターネットやらに注目、自家製サイト<毎日更新『ブナ林便り』>を始め、大腸ガン摘出で入院の期間以外は毎日更新を休まず、今日に至る。創刊以来今年で満15年、幾変遷してきたが、今日のトップページ・序章・第一章・第二章・第三章のウェブに収まっている。一番大事にしているのが、序章の『乱世世界史の今日、明日』である。
 私は三木亘板垣雄三とともに、「戦後史」「西洋史」「東洋史」という言い方、枠組みを採らない、むしろ否定的である。敗戦後も続く対米従属・宗主国への傀儡性からくる、安保ボケ・平和ボケ・金儲け主義への埋没を恐れるとともに、欧米中心主義に慣れ親しみ、 植民地・従属国および戦争への責任・植民地支配責任への歴史認識の 欠如を警戒する。 事実、いわゆる「戦後史」は、戦国乱世の激化、軍国主義・植民地主義・人種主義の跋扈、まさに乱世世界史(その一部としての日本史)に生きている現実を見失っている。
私の毎日更新ブナ林便りのトップページをここに紹介しておきたい。 
 ブナ林便り  
 この乱世世界史を瞥見する試みです。(2001年4月開始) いま欧米中心主義の終わりを私たちは目の当たりにしています。この世界史の転換を、しかと、記録に刻んでいきたいと、思います。マスコミに載らない世界と日本、学校では教えてくれない世界・日本の歴史と現実いまこそ 目を開くべき南の世界のめざめと台頭これから学習、学習。 経済成長・金もうけ至上、安保ボケ・平和ボケは、69年前の「終戦の 詔書」いわゆる「御じじ」「聖断」に始まる。それは、東アジア・東 南アジアへの侵略戦争を認めず、その侵略戦争の責任をごまかし認 めない、いわゆる「戦後史」の始まりだった。すぐに東アジアの冷戦構造に組み込まれ不沈空母の最大の属国として偽りの経済成長に酔う、そういう<終わりの終わり>の始まりだ った。2001年以降の宗主国の末期的戦争帝国化の下、われら「万世一系」の島国は、かねて構造的差別下に全島軍事基地の戦後史に苦しみ怒れる沖縄の民とともに、2011年3月以降、原発災害に怒れるフクシマの男女たちも、われらの近代史はじめての<始まりの始まり>を開始している。そういう<戦国乱世>にわれらは生きているのだ。2015年,欧米中心主義の世界、そして三つの殖民国家(米・イスラエル・日本)の沈下ははっきりしてくるでしょう。その大転換に気づかず覚れぬわが国は、どういう反動に見舞われるのでしょうか。国民・市民の目覚めと立ち上がりを阻む,我らに根ざす欧米中心主義 +日本イデオロギーの克服・脱却は,これからの困難な課題です。その先にしか明るい未来はありません。 
 3.11から5年経っても見えない現場、小出裕章さんは「大人たちは 福島原発事故の責任を取れと最終講義しました。石牟礼道子さんは、3.11後、こんな句を詠んだ。
     毒死列島 身悶えしつつ 野辺の花
 石牟礼さんは、日本はいま、「絶滅と創成が同時に来た」時期にあると考えている。その通りだ。わたしたちは存続の岐路に立っているのだ。<ブナ林便り>でいう「終わりの終わり」と「始まりの始まり」の同時展開です。 
 
1945年から官許世界史との蟷螂の斧の戦いを続けてきました。今は、16世紀以来の近現代世界の構造が崩壊しつつあります。今までは下積みだった新しい世界の目覚めが始まっています。この乱世世界史の中で日本は取り残されつつあります。 
著書に 『世界史学講義 上下』(お茶の水書房)
    『自立と共生の世界史学』(青木書店)等。
 2016年 2月、95歳を迎え、ラストメッセージを発信し、<終わりの終わり>と<始まりの始まり>とを記録し続けています。この乱世世界史(日本史)の一語り部たらんと努力しています。過去の記録<『ブナ林便り・転』>(孫娘がつくってくれたサイト)と、毎日の補注としてツィート「吉田悟郎pi」をあわせ、お読みください。・・最後の言葉を付加します。
 最後に、高校生新聞現役の若いみなさんへ
 孫崎享のツィートをよんでいると、いろいろな箇所で「若い人の姿 が見えない」という嘆息が聞かれる。一方 SEALs(シールズ)の活動など報道さ れるが、学校教育でも就職活動でも極右化を強める政治や企業の動き、同調する大人や社会の空気の下、若者は逼塞しバラエティ に気をまぎらしていることも多いのだろうか。私は、いわゆる 高齢者、歩行不全・聴視力の衰えはあるが、頼りにならぬマスコミは 無視し、毎月届く雑誌『世界』(岩波書店)や『DAYS JAPAN』を待ち、毎日毎時、別掲(このメッセージの末尾にリストを収録)の諸サイトに目を配り、日々時々立憲・平和・民主・自立の世直しに参加活動している畏友・先輩に励まされ、衰えた自分なりに生きている限りやれることをやっていくつもりです。 
 主国のアメリカでも、サンダース候補が、衰弱した米国の世直しに決起し、市民の賛同を得つつある。日本でも,オール沖縄のみな さんが殺されることも覚悟して奮闘を続ける翁長さんを先頭に日本の世直しに奮闘しつつある。 
 私の新聞部体験、始まりの本土決戦に翻弄され死を免れた拙い戦 争体験、などから、現役の高校生新聞部の若いみなさんに、あまり役にもたちそうもない老いの繰言を述べさせていただいた。まことに失礼。
     ★★★★★ の出会った役に立つサイト ★★★★★
 これまで、この通信を寄稿してきた高新連ホームページの読者や編集部の諸君から、自学自習の手がかりについての質問を受けたので、以下のリストを公表することにした。『高校世界史』や、『高校生新聞』に関心を失わない尊敬すべきOB/OGの方々、 現役の皆さんに、何かを語るとすれば、満15年のHP、WEB、インターネット体験で辿り着いた <役に立つサイト> は、ということであろう。 以下、列挙したい(アドレスは、失礼だがご自分でGOOGLEなり YAHOOにて補充されたい。 
 金子勝  ツィート 毎日数回 
 孫崎享  ツィート 毎日数回 
 藤永茂  私の闇の奥 
 大沼安史の個人新聞 机の上の空 一日二回 
 浅井基文 21世紀の日本と国際社会
 田中宇  国際ニュース解説 
色平哲郎 ツィート 毎日数回 
内富まこと     毎日数回 
 加藤哲郎 ネチズンカレッジ 月二回 
 板垣雄三 講演会、インタビューその他 
 ちきゅぅ座     コメント多数 
IWJ これは大切、下からの真のマスコミ目指す 
 目良誠二郎FB 自立・共生を志す畏友。反原発・反戦争。
         音楽・映画・美術・読書など。 
マスコミに載らない海外記事 興味ある記事翻訳、訳者独白痛快。 
 ラテンアメリカの政治経済 
デモクラシーナウ日本語版 
 東京外国語大日本語で読む世界のメディア 
 人民日報日本語版  
 ハンギョレ 
 琉球新報
沖縄タイムズ 
 辺野古浜通信  
 海鳴りの島から  
US Campaign to End the Israeli Occupation
 ちきゅう座に次の記事がある。 
<水島朝穂「直言」が語る「メディア腐食の構造―首相と飯食う人々
著者:澤藤統一郎 月11日がある>今のマスコミには頼れない。また、今の学校で教えられる官製歴史や官製世界史などでは充分ではない。せめて、上記のインターネットから、掴むべき真実、歴史は掴む手がかりが得られるだろう。 
 私は娘の車で月二回は近くの一番蔵書の多い図書館に行く。武蔵野市の中央図書館だったが、住所が変わった関係で利用カードがとれず、今は朝霞中央図書館へ通う。大岡昇平の全集とか・・。今は視力の衰えから、専ら絵本類が多い.最近の収穫は、亡き野坂昭如の絵本・戦争物語(火垂るの墓、ほか六冊)。マスコミはもとより、テレビもあまり見ない。「相棒」、「世界の遺産」、日本各地の風物など。WOWWOWなどちょっと見たいものがあるが見ていたらキリが無い。映画館通いは好きだったが、『日本の一番長い日』で科白が聞き取れないので原作を文春文庫で読んで了解した始末です。
・・・最後の言葉を付加します。
 高校生新聞現役の若いみなさんへ。 
 孫崎享のツィートをよんでいると、いろいろな箇所で「若い人の姿 が見えない」という嘆息が聞かれる。一方 SEALs(シールズ)の活動など報道さ れるが、学校教育でも就職活動でも極右化を強める政治や企業の動き、同調する大人や社会の空気の下、若者は逼塞しバラエティ に気をまぎらしていることも多いのだろうか。私は、いわゆる 高齢者、歩行不全・聴視力の衰えはあるが、頼りにならぬマスコミは 無視し、毎月届く雑誌『世界』(岩波書店)や『DAYS JAPAN』を待ち、毎日毎時、別掲(このメッセージの末尾にリストを収録)の諸サイトに目を配り、日々時々立憲・平和・民主・自立の世直しに参加活動している畏友・先輩に励まされ、衰えた自分なりに生きている限りやれることをやっていくつもりです。 
 主国のアメリカでも、サンダース候補が、衰弱した米国の世直しに決起し、市民の賛同を得つつある。日本でも,オール沖縄のみな さんが殺されることも覚悟して奮闘を続ける翁長さんを先頭に日本の世直しに奮闘しつつある。 
 私の新聞部体験、始まりの本土決戦に翻弄され死を免れた拙い戦 争体験、などから、現役の高校生新聞部の若いみなさんに、あまり役にもたちそうもない老いの繰言を述べさせていただいた。まことに失礼。 

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2015年8月22日 (土曜日)

乱世世界史の-語り部として-終わりとたたかう始まりを記録せんー

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                吉田 悟郎 旧制成城高校新聞部
 2015年8月17日の『机の上の空ー大沼安史の個人新聞』に、次の記事がある。

<<日本の明仁天皇(Emperor Akihito)の、ことしの「8・15」のお言葉に、昨年にない一語が追加された。それは……<remorse(反省)>だった!ニューヨーク・タイムズが指摘/明治学院大の原武史教授の―「天皇陛下はアベを批判している」コメントも世界拡散報道!/<徳仁(なるひと)皇太子もことし2月、歴史は未来世代に「正しく伝えられなければならない」と発言し、ミスター・アベをたしなめる>、とも!>>
 今年の8月15日は、平年以上に<戦後70年>を語るという話題がうるさかった。私は「戦後史」という言い方も枠組みも否定してきている。1945年8月15日以後も、戦国乱世は続いてきた。
 1967年以来の東京外語大アジア・アフリカ言語文化研究所での『アジア・アフリカにおけるイスラム化と近代化に関する調査研究』プロジェクトの共同研究を土台にして、そして1984年以降東洋経済新報社で発行された『イスラム世界の人びと』(全5巻)の「1. 総論」に、畏友三木亘が「世界史のなかのイスラム世界」(全21章91頁)として提案している。
 そ
のなかで、「第20章 軍事的・差別的・抑圧的メタ文明」として西欧そして米国文明の特質を摘出し、それに対して多元的、いうなればタウヒード的文明の未来を論じている。私もこの共同研究を時々傍聴し学習させていただいたが、まさに『軍事的・差別的・抑圧的メタ文明』が欧米諸列強、やがては米帝国に体現し、敗戦後の沖縄そして日本を従属させているのが、19世紀から20-21世紀にかけての世界史である、と思う。亡き上原専禄先生がたえず、国民の「安保ボケ」の深化拡大を憂慮されていたが、今日の危機到来を予見されていたと思う。
 最近は孫崎享の労作『戦後史の正体』創元社の普及で、日米戦が米国も予期し待ち構えていた戦争で、とても勝ち味のない愚かな戦争だったことが常識化しつつあるようだが、私は徴兵前、下北沢の古書店で満鉄調査部が訳したソ連のコメンテーターによる「太平洋上における日米両帝国主義の激突近し」の論評二冊を見つけ読んでいたので真珠湾攻撃はまんざら未知数のものではなかったが、対米開戦が日本以上に歴戦の巨大軍国への無謀な挑戦であったことは、軍隊に入り偶々情報班の下士官という立場に立たされて、つくづく感じた。いまは94歳の老ジャーナリスト兼世界史学習者として最後の仕事として毎日更新で『ブナ林便り』序章と三つの章、それに補注としてのツィート(吉田悟郎pi)をネットで2001年から続けている。そのHPで、愛用しているサイトが「マスコミに載らない海外記事」である。その2015年2月27日に<アメリカは、その歴史のうち93% -1776年以来の、239年中、222年間が戦争>(WashingtonsBlog)という記事があった。 
<<アメリカは、国が誕生して以来、平和だったのはわずか21年間に過ぎない。2011年に、Daniosはこう書いた。下記のとおり、年ごとの、アメリカ戦争年表を作成してみたが、大変に興味深いことがわかる。アメリカ合州国が1776年に建国されて以来、235年の存在のうち、214年間、戦争をしてきた。言い換えれば、アメリカがいかなる戦争もしなかったのは、わずか21年に過ぎないのだ。(これを見やすく並べてみよう)
1776年 以降のどの年でもとりあげてみれば、アメリカがその歴年のうち何 らかの戦争を行っている可能性は91%%だ。
本当に平時の大統領といえるものは一人もいない。それどころか、アメりカ大統領全員、厳密に言って、“戦争大統領”と見なすことができる。
アメリカが10年間、戦争をしなかったことはない。アメリカが5年間戦争をせずにすごした唯一の時期(1935-40) は大恐慌の孤立主義時代だ。アメリカの主要な戦争の年ごとの図・年表は下記の通りだ(以下略:記事原文
 わが日本もいわゆる明治維新以前 徳川政権の天下統一以前はいわゆるヤマト政権以前から戦乱続きで明治以降も琉球を含めて戦乱続きであったが、アメリカ史とくらべてどうであろうか。とにかく、1945年以降はアメリカを宗主国とする従属国であり、安保平和も経済成長も経済大国になれたのも安保下であったればこそ、であろう。したがって、構造的差別下におかれた沖縄はじめ日本は、1945年以降も世界史のなかでは戦国乱世が続いたのが真相であろう。
 私自身は、情報班という特殊な兵籍にあり、
1945年の東京・横浜での凄惨な空襲を体験し、広島・長崎の原爆を知り、近衛師団の反円盤クーデターを身近に聞き、米軍進駐下の復員作業などで日本軍国主義の終わりを感じ(実はこれで終わりではなかった、甘かった!!)、その後のいわゆる民主化とそれを裏切るマッカーサーの二一ゼネスト中止命令を印刷出版労組の日本評論社青年部員として憤慨し、新設都立高校の社会科世界史教師としての世界史学習を経て上原専禄、江口朴郎野原四郎らの薫陶を受け、世界史的にも日本史的にも<終わりの終わり>の深まりを痛感していった。いまや、欧米中心主義は崩壊しつつあり、軍事的・差別的・抑圧的メタ文明の行き詰まりは明らかな昨今ではなかろうか。日本では三一以来、西・中東世界、中南米世界では21世紀にはいり、新しい<始まりの始まり>が芽を吹き花ほころびはじめる気配が見えているのではなかろうか。
私は残念ながら歩行不全、外出もままならないが、辛うじてPCにたよりつつ、いま展開しつつある<終わりの終わり>と<始まりの始まり>のたたかいを拙いながら 語り部のひとりとして記録しつづけるほか生きがいはないであろう。 ( 2015.8.15記 )

画像皇居の警護をした旧近衛師団司令部庁舎(北の丸公園内)

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2015年4月30日 (木曜日)

ブナ林便り

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吉田 悟郎   旧制成城高校新聞部

 しばらく休稿したが、HP『ブナ林便り』は
毎日更新で2001年以来ここ15年間まあ何とか続けられている。今年で私も九四歳になった。だからラストメッセージを発信し、この乱世世界史の拙き語り部たらんと志している。この一五年間でHPは幾変遷、大分いろいろ模様替えしてきたが、いま贔屓(ひいき)していツィートは二つ、慶応大学の金子勝さんと元外務省局長の孫崎享さんのものだ。最近のツィートで気になっている金子さんのもの二つから話をはじめたい。二つ目は最後に紹介したい。
金子勝 @masaru_kaneko 4月13日
<<五〇年、百年後の地域の未来を見据えながら、首長が住民の支持を支えに不退転の決意で地域の切実な問題に取り組む。そして日本政府の向こうの世界に向かっても発信して国際世論をも味方につけようとする。戦争体制作りとアベノミクスの下でのインチキな「地方創生」の対極にある地域民主主義です。>>岩波書店『世界』5月号「沖縄はアジアと日本の架け橋となる」翁長雄志×寺島実郎を読むと,翁長さんの歴史認識・世界認識の質と幅の深さと大きさがわかる。   
  私は兵隊時代体験した東京大空襲と横浜大空
襲、そして広島・長崎原爆投下、そして敗戦と占領―これらを<終わりの始まり>と感じた。自分が生きている近現代時代-欧米日の「近代世界」の終わりの始まりを実感した。戦死も戦傷もせず家庭にもどれ、いわゆる戦後は完全に自由と平和がおとずれたのではなく、つづく戦国乱世の世界・日本だった。サンフランシスコ講和による改めての従属(宗主国と従属国)・朝鮮戦争・ベトナム戦争(この二つの大戦にも日本は参戦していた)、ビキニ被爆のみならず今もなくせない基地と原発に護られる日本、そしてイラク戦争への参戦、やがてはジプチ「海軍」基地、イスラエルに接近し反テロ戦争に参加の瀬戸際に立つ。金儲け主義・安保ボケ・薄っぺらなグローバリズム文明に酔っている間に乱世世界史(日本史)は深まりを見せ、自立と共生への道程を示すべき学校教育は年々奴隷化され、強靭な歴史認識・世界認識は育たず・・・2011年、福島「フクイチ」のメルトダウン。征夷大将軍以来差別されてきた東北・福島
の怒れる女たちの目覚め、それに先立つペリー来航時健在だった琉球王国の民の末裔の五十年七十年来の抵抗の歴史、原発破棄をめざすフクシマと美しき辺野古・大浦湾を守れに結集したオール沖縄の戦い、非暴力抵抗の始まりの始まりが、断末魔の危機にあせる終わりの終わりとぶつかりはじめた。3.11から4年経っても見えない現場、小出裕章さんは 大人たちは福島原発事故の責任を取れと最終講義しました。『苦海浄土』の石牟礼道子さんは、3.11後、こんな句を詠んだ  毒死列 身悶えしつつ野辺の花 石牟礼さんは、日本はいま、「絶滅と創成が同時に来た」時期にあると考えている。その通りだ。わたしたちは存続の岐路に立っているのだ。ブナ林便り でいう 終わりの終わりと始まりの始まり の同時展開だ。あの悪名高いNHKのニュースさえこう報道している。
<<NHKニュース>>4月9日 21時19
基地移設計画反対で「辺野古基金」創設沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設計画に反対する沖縄県議会の与党会派や県内の企業が、県民の反対の声を広く伝える活動を進めようと、新たに基金を創設しました。「辺野古基金」と名付けられたこの基金は、普天間基地の名護市辺野古への移設計画に反対する沖縄県議会の与党会派が中心になって創設を呼びかけました。9日、県議会議員や趣旨に賛同する県内の企業の代表など、およそ30人が那覇市内で記者会見を開き、会見には翁長知事も出席しました。基金を管理する団体の共同代表には、基地を抱える自治体の元町長や企業の代表者ら6人が就任し、このうち、沖縄県でスーパーや建設会社を経営する呉屋守將氏は「基金を創設することで、国の内外の多くの人に沖縄への理解を呼びかけていきたい」とあいさつしました。基金の具体的な活用方法は寄付の集まり方を見ながら検討していくということですが、日本やアメリカのメディアに意見広告を掲載するなど、普天間基地の移設計画に反対する沖縄県民の声を広くアピールしていきたいとしいます。記者会見に同席した、移設計画に反対する翁長知事は「基金の創設に大変感激している。私も頑張るが、多くの人たちと力を合わせて頑張っていけたらありがたい」と述べました。>> (『ブナ林』)註:元外務省主任分析官の佐藤優氏、俳優の故菅原文太さんの妻文子さんも共同代表六人に入っている)だいぶ長話になったが、最後に気になる金子さんのツィ-トを紹介したい。
金子勝 @masaru_kaneko4月13日
<<20代の投票率は3割を切るだろう。年金未納滞納も4割。若い世代は国も政治も見捨てているのかもしれない。日銀の国債買い取りを打ち出の小槌に、財政赤字垂れ流しで政権の延命を図っていけば、戦争と悪性インフレしか出口がなく、年金も株ですってしまえば、払う必要なしか。この国は末期症状です。>>

画像:辺野古基地予定図

 

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2014年12月19日 (金曜日)

板垣雄三の言うスーパー モダニティ その五

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                 吉田 悟郎  旧制成城高校新聞部

板垣講演資料18・19・20 
Super-modernity(超近代性)7世紀からの近代/ウブントゥ(他者への思いやり)、いちゃりばちょおでぇ(出会う人は兄弟のようになるもの)、パンチャシラ宇宙138億年、地球46億年、地球上生命40億年、ホモ・サピエンス25万年、ミトコンドリア・イブ14万年、Y染色体6万年、の最近1400年程タウヒードと華厳の同時展開に始まるスーパー近代  鎌田茂雄・上山春平『無限の世界観<華厳>』角川ソフィア文庫  森本公誠『世界に開け 華厳の花』春秋社、2006年 金教斌『韓国哲学の系譜』金明順訳、日本評論社、2008年 元暁 感応触発 共振共鳴 中央アジア(法蔵、イブラーヒーム・ブン・アドハム、ファーラービー、イブン・スィーナー)東アジア宋学・性理学(周敦頤、蒲宗孟、二程、朱熹)歴史鞍替え
http://ranajitpal.com/超近代:多即一/自由・平等・同胞愛(人類意識)/network/生命・知識の尊重/合理的精神/都市化・商業化・政治化/公共性/本然の性を信頼。
参考情報 華厳の世界観 法蔵『探玄記』、『華厳五教章』、法界無尽縁起あらゆる存在・事象は相互に関連しあいつつ、真理の現れとしての全世界を構成している。 だから、一即一切、一切即一である。一即多、多即一。あらゆる個物は、それぞれの個 性を発揮しつつ相互に融和し、完全円満な世界を形成=円融。六相円融総相・別相・同相・異相・成(じょう)相、壊()相相即(事象{}同士の契合) 相入(事象の働き{}の相互浸透)あらゆる存在が、「主」であり同時に「従」である関係を結び合う微塵のなかに一切を見る性起(しょうき)現象世界を根本原理=真理が生起したものと観る自性清浄(じしょうしょうじょう) 心人・ものの本性は穢れていない 海印三昧宇宙を映す 海を統一した心で眺め渡す悦び 華厳経はインドで伝えられた経典が3世紀中央アジアで編纂された。
Super-modernity(超近代性)の停滞と病変の増殖・転移逸脱・彷徨・混迷を促した「悪性腫瘍」的欧米中心主義欧米中心主義:世界が欧米化すべきだと仮想するイデオロギー/ 二分法・排中原理(心・体、精神・物質、霊・肉、善・悪、男・女、理性・感情、全体・部分、 中心・周縁、東・西、欧米・アジア、勝ち組・負け組、正・負、先進・後発、・・)/分割 分析 還元主義/正統派キリスト教至上主義/植民地主義・人種主義・軍国主義」/男中心主義 農本的土地占拠志向 病変の症例:排他的土地私有権/ 軍事化ともなう(略奪型・モノカルチャー型)産業主義/宗教・民族・価値観に関わる差別=紛争/主権・法人・マネー・メディアの操作/ 政教分離・民主主義・人権・学術の制度化/自然環境破壊/核技術。
板垣講演資料21・22・23
 
2011年は人類史の転換点となるか 新しい市民革命(ムワーティン革命)17-20世紀の革命:ブルジョワ{民主主義}革命という枠づけ「アラブの春』論の欺瞞論 世界的拡大において日本の原発事故がもつ意味非暴力の市民決起サティャーグラハ人間の尊厳自己変革と世界変革/人類的立場ネットワークとパートナーシップ・タウヒードの実践新しい社会・世界植民地主義・人種主義・軍国主義・男中心主義 反対公正と安全/自由と自立/平和と共生/多様性・いのち修復的正義 真実・リドレス・和解 板垣雄三「人類が見た夜明けの虹」、『歴史評論』2012年1月号、校倉書房 同「反テロ戦争と原発事故」中神・愛甲編『デモクラシーとコミュ二ティ』未来社▼「日本」イデオロギー「西欧<近代>」の病変と同調「和」三国意識(本朝、唐土(震旦)・天竺)和(倭)国identity 本地垂迹説→根本枝葉花実説→国学、西洋の出現:脱亜入欧かアジア主義か粟散国・盟主八紘一宇輪・環・我・内/外むくりこくり鬼が来る 福は内鬼は外 板垣雄三「アジアと日本」、『アジア現代史4』、青木書店、1983年同「戦後史批判」(永原・中村編『歴史家が語る戦後史と私』、吉川弘文館、1996年征夷俘囚・熟蝦夷、武士団、征夷大将軍の権力、サムライ征服・拠点構築・反乱鎮圧・騙し討ち・武士道の美化分断と収奪と統合/植民地主義・人種主義・軍国主義島津入り・琉球処分、蝦夷地・北海道開拓、台湾・朝鮮・樺太・南洋群島・満蒙開拓団、欧米の植民地主義との並行性「日本』イデオロギー、西欧<近代>の病変と同調(続西欧と日本-病変近代性の増殖における同伴者性/社会発展パタン・文化的選好の類似;長子(嫡男)相続/ 封建制/秩序=所領安堵OrdnungOrtung/宗教統制culus regioeius religio/軍事革命/技術官僚/民間の識字とマスコミ/農村からはじまる資本主義化/軍事化つき産業資本主義/「近代的」私的土地所有権と「土地神話 」/「世界分割」参加/法人格運用(名代/ロボット/アニメ/ ゆるキャラ好き欧米中心主義偏向の社会科学に適応する素地ex.①封建制・絶対主義・資本主義([法制史]中田薫・[経済理論]福田徳三・[マルクス主義]野呂栄太郎・[経済史]大塚久雄)、②アジール 無縁・公界・楽(平泉澄,網野義彦)梅棹忠夫『文明の生態史観』中公文庫: ジェフリー・パーカー『長篠合戦の世界史ーヨーロッパ軍事革命の衝撃』大久保桂子訳、同文館出版、1995年 近代は過ぎ去ったのか 1945年からの距離/白楽晴・今村仁司。
板垣雄三講演資料24・25 
板垣雄三作成の図解2枚 A Map for Civilization Strategyの図 ・・・・・・・・・・・・・・・板垣講演資料24 Middle EastExtension of Middle Eastを中心におきEurasiaThe MediterraneanAfricaIndian Ocean を上と左右に接しさせ、West EuropeAmericaJapanを北方上部まわりにおく Modernization Process in World History の図 ・・・・・・・・・・板垣講演資料25 Modernization of Europe を派生させたIslamic Urbanism and Modern Modernization of ChinaModernization of India & Southeast Asia に衝撃Modernization of Japanに至る <吉田註:近代は過ぎ去っていない。わが日本において、その他の植民地・従属国において、数多の傀儡国家において。そして、何よりも自分において。近代、そして欧米中心主義の残渣、それ以上に根強い日本イデォロギーとの格闘は当面つづけられねばならないだろう。2014年11月21日衆院解散の議場を埋めたバンザイ三唱。右傾、フクシマ・オキナワ切捨て、国際的孤立化の暴政は、消費・輸出低迷―マイナス成長、世論を無視した原発再稼動、一方作為的株高・紙幣乱発のアベノミクスの失敗のすえ、破綻をごまかし、庶民が気づく前、まだだましが利いている間に、という逃げ込み解散。ばくち解散。それを承知のうえでの騙し解散。この醜いバンザイ三唱に示された日本イデオロギーのアホさ加減。この日本イデオロギーという疾病はいまの与党を完全に犯し、国民を苛みつづけるのか。 『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』。憲法を含む国内法に優越する「日米地位協定」「日米原子力協定」があり、われらの主権が制限されている限り、独立国家とはいえず、民族の独立は未だ実現していない。欧米中心主義から脱却した新しい学と知など夢の夢ではあるまいか。始まりの始まりは、まさにはじまったばかり。これからの世代に託することが多いのである。>(2014年11月22日記)

最後に挙げた板垣作成の二枚の図解は面白く、かつ重要なので 次回はその二枚の図解から学習を再開したい。(12.19追記)
画像:金教斌『韓国哲学の系譜

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2014年11月29日 (土曜日)

板垣雄三の言うスーパー・モダニティ その四

2
                               
吉田 悟郎  旧制成城高校新聞部

板垣講演資料 8

イスラーム問題の焦点化と排除・無視
焦点化されるイスラーム問題
ピレンヌ=テーゼ マホメットとシャルルマーニュ 1937年 (『ヨーロッパの誕生』佐々木・中村訳 創文社 )

12世紀ルネサンス ハスキンス『12世紀ルネサンス 1927年(別宮・朝倉訳 みすず書房 )( 伊東俊太郎の同名の著書 講談社学術文庫 )
国際政治の成立からオスマン帝国を除外
16/17世紀ヨーロッパの国際体系・国際法秩序の形成にとってハンガリー/スィヤル/カプチュラシオン/ボダン/グロティウス/ホッブ/(ロック、ルソーに繋がる)社会契約説
危機戦略構想ハンチントン 文明の衝突』1996年 ( 鈴木訳 集英社War on Terror 反テロ戦争
板垣講演資料 9
 近代性への反省・批判が無意識に接近するタウヒード( tawhid )思考タウヒード;「一つにすること」、「多即一」、「多元主義的普遍主義」を意味するアラビア語生の哲学(ディルタイ、ベルグソン)/神智学・人智学(アニー・べザント、シュタイナー、鈴木大拙、クリシュナ・ムルティー)/相対性原理(アインシュタイン)/量子力学<パウリ、ボーム)/現象学(フッサール)/ 精神分析(フロイト、ユング)/フランクフルト学派(ベンヤミン、アドルノ、ホルクハイマー)/構造主義(レヴィ・ストロース、ラカン、フーコー)/ポスト構造主義(デリダ、ドゥルーズ、ボードリャール)/サイバネティクス(ウィーナー)/経済人類学(ポランニー)/記号学・論(ソシュール、ロラン・バルト)/情報学 /ファジー集合(ロトフィ・アスケルザーデ/環境科学/生態学/生命科学/フェミニズム(キャロル・ギリガンスーザン・ファールーディ)/第三世界論(ファノン)/ガンデイー主義(マーティン・ルーサー・キング)/万物の理論(ムハンマド・アブドッサラーム)/

板垣講演資料 10
近代性への反省・批判の過程でそれを動員する全体主義欧米中心の「近代」
 の吟味・批判:ナチズム・ファシズム・日本軍国主義と合流・交錯

シュペングラー ナチが持ち上げ アドルノやデリダが再評価
ハイデガー 一時ナチ党員、フライブルク大学総長 近代的理性への批判
カール・シュミット ベルリン大でナチ法学理論 大衆民主主義を批判
大川周明 満鉄調査部指導、五・一五事件、A級戦犯 イスラム=アジア認識
「近代の超克」論1941年12月8日以後の日本の知的状況示す共同討議
日本浪漫派(「文明開化の終焉」を宣言)に影響された文学者・評論家
京都学派〈多元世界を一元的に捉える「世界史の哲学」〉哲学者・歴史家
太平洋戦争の戦争目的1959年~竹内好ついで広松渉 捉え返し。
板垣講演資料 11
参考文献・資料 大川周明
松本健一『大川周明』岩波現代文庫、2004
安藤礼二『近代論:危機の時代のアルシーヴ』NTT出版、2008
臼杵 陽『大川周明:イスラームと天皇のはざまで』青土社、2010,
板垣雄三の大川周明論http//jfn.josuikai.net/soumu/Forum/74F20100601,近の超克河上徹太郎他+竹内好『近代の超克』富山房百科文庫(著者の「他」とは、西谷啓冶、諸井三郎、鈴木成高、菊池正士、下村寅太郎、吉満義彦、小林秀雄、亀井勝一郎、林房雄、三好達治、津村秀夫、中村光夫、(竹内好『日本とアジア』ちくま学芸文庫、広松渉『<近代の超克>論:昭和思想史への一視角』講談社学術文庫、ペーター・コーヘン(アムステルダム大学社会学教授)次のスライドの末尾
Peter Cohen, The Root Cause of the Never-Ending Conflict in Palestineand How to Flix It,
( 2014年8月初、米デジタル新聞 “ The Huffington Post ” )http://www.huffingtonpost.com/peter-cohen/root-causes-in-palestine_b 5499127.html
板垣講演資料 12
グローバル現象としての欧米中心主義  批判者・抵抗者も一網打尽
欧米中心主義の「終わらせ方」プロジェクト
新自由主義(競争原理』+反テロ戦争『民主化、イスラエル擁護)
カオス世界 欧米の「自己破産」=道義的免責 人類の責任欧米覇権終焉論も/現代理論も/ 制度・インフラ・慣習{ex.社会科学・学校教育・メディア}支配

欧米vs非欧米ではない挑戦者もみな欧米中心主義ミイラ取りがミイラになる中国、新興国、G20、イスラーム運動も 中東諸国体制と中東和平論とは、欧米中心主義の道具立て欧米中心主義の不正に敏感なムスリム大衆は、大事な挑発対象
敵味方入れ替わり,彼我入り乱れる混戦 批判者も共倒れの危険ex.ペーター・コーヘンと満州国体験

板垣講演資料 13.14.15.16.17
今村仁司につきまとった欧米中心主義を考えよう
今村仁司(1942-2007) 社会思想・哲学の研究者。マルクス研究から出発、アルチュセール、ボードリヤール,ゴドリエ、ベンャミンらを綿密に紹介。労働・暴力、贈与・交換、近代性に関心から、晩年は清沢満之ついで親鸞との出会いへと転回。「近代性」批判の到達点: 近代の理念は、近代の国家によって圧殺された近代人のエートスは、排除・差別の帰着するだが近代の成果・可能性は救うべきで,清算主義に反対社会主義は資本主義と同根同質の生産力主義だった
彼の批判の眼に、欧米中心主義は、どうとりついたか
今村仁司『近代性の構造ー<企て>から<試み>へ』講談社選書メチエ*/ 1994.2
17-18世紀    19-20世紀       第3の近代へ

絶対主義⇒仏革命    ⇒1968年       新しい過渡期
国民国家      政治革命+産業革命      排除と差別超える
理性主義      産業資本主義の市民社会    異者共同体へ
個人主義      世界経済・帝国主義・植民地
世俗化       管理(計画)経済システム 
デモクラシー・ナショナリズム 近代性構造化 普遍的価値確立         別の世界像をDescartes:F.Bacon; Franklin;HegelMarx; W.Benjamin;
HobbesSmithOwen;Nietzsche;WeberAdorno;Whitehead;DeleuzeKant;Pascal Heidegger;Schumpeter
{今村}近代性の構造の土台
近代の象徴:時計(自動機械としての)
1)機械論的世界像  制作・方法・作る精神 
  数量処理的な世界 了解/ 知的構築物としての自然
  主体概念/ 実験/ 自然管理・征服/ テクノロジー
  分解分析/ 個人主義/ 自由・権利/ 合理主義
2)前望的(=進歩する)時間意識 予測と企て
  計算合理性と操作的知性/ リスク/ 意志・決断・計画
  人工時間/ 労働リズム/ 勤労・禁欲/ 企業家=革命家
3)自己規律 人格制作・公平な観察者・良心
  道徳感情/ 市場経済メカニズム/ 自己訓練=排除
今村を縛る「ヨーロッパ近代」の呪文
近代性:古代ギリシア・ローマと対比する
古典古代」という罠マーティン・バナール『ブラック・アテナ;古代ギリシア文明のアフロ・アジア的ルーツ』 片岡幸彦監訳、新評論
イスラームを無視する頭が上がらず 憧れ 憎む コンプレックス隠しM.サイード『オリエンタリズム』今澤紀子訳、平凡社
今村は『近代性の構造』と並行して書いていたムハンマド・バーキルッサドル『イスラーム経済論』黒田寿郎訳、今村仁司解説、未知谷、1993.12
{今村}近代がヨーロッパ発の証拠 問題点
・時計 アブルイッズ・アル=ジャザリー(1136-1206)の時計 技術などムスリム科学技術。望遠鏡についても同様。
・解析数学 アル=フワーリズミーから現代のアルゴリズム数学が出発。佐々木力『数学史』岩波書店2010
・時空管理 ムスリムの礼拝・巡礼。
・意志・決断・計画 ムスリムのニーヤ(意図・意図表明)。
・都市/ 商業  ヨーロッパから論じだすこと無理。
・農業世界 遊牧という生業形態を無視できない。
・自由 イスラームの自由意志や 公正・圧制の観念。
・内心の規範 クルアーン50:16 神は頚動脈より近くに。
・有機的アニミズム世界観批判 「神の徴」と無神論は?


板垣雄三の言うスーパー・モダニティ 閑話休題 
                            吉田悟郎

 私の場合はどうであったか。私自身は、こどものころから大正リベラリズムそしていわば欧米中心主義にどっぷり漬かってきたといえようか。父は福岡県の炭鉱の出る山に近い片田舎の小農の長男坊。苦学して蔵前の工業大学を出、日露戦争の近づく頃、片道切符で米国西岸に渡り、スタンフォード大学電気工学科を苦学して卒業、帰日すると、京王電鉄の技師から金沢市で敷設される市電(街鉄といった)の技師長、そして経営者になった。 家庭は一女四男の五人を育て、金沢からやがて東京に住んだ。私の小学校は、まさに大正リベラリズムの女子師範付属小学校、その前は英和幼稚園育ち。小学生のときは米国仕込みの父が庭に植えたクリスマスツリーを部屋に移し替え、クリスマス・プレゼントをたのしませ、休みの時はサイクリング、遠出のハイキング、北陸の有名な温泉めぐりなど、大変な家族づきあいをしてくれた。当時流行り出したベビーゴルフ、ロイドの冒険、フーマンチュー博士の連作、燈台守の家族,女子師範学校の映画教室が付属の体育館でおこなわれ、そのお相伴でみたファウストなどの映画。本もよく買ってくれ、小学生で島崎藤村の『海へ』、坪内逍遥訳のシェークスピア全集、バーナード・ショーの『メトセラ時代へ還れ』など購入・愛読した。
 こうして、小学生時代に米欧中心主義は私に根を下ろしたのである。東京に来て、中学から高校・大学時代はどうなっていったか。大学はナチス文学を読まされて独文から逃れて、リベラルを残した西洋史に転科、繰上げ卒業二年目で一年と少ししか西洋史にはおれなかった。9月1日、近衛師団歩兵第一連隊機関銃中隊に現役入隊する直前に学士会館での歴史学研究会で報告したのが卒業論文の『ヘルダーリーンにおけるドイツ的近代性』であった。『歴史学研究』にその要旨が掲載されている。戦後すぐに『世界史概説』で書いたドイツの近代化の数ページは、大塚史学の松田智雄の構想によったものである。戦後、高校社会科世界史教師になるまでの私は、ソ連アカデミーの論説で日米両帝国主義の激突を予見した満鉄調査部の極秘文書を下北沢の古本屋でみつけて愛読し、かたわら羽仁五郎の『ミケルアンジェロ』(岩波新書)などに熱中する。米欧中心主義が相当深く根を下ろしていたと思う。戦争と軍隊生活、とくに情報班の体験、横浜。東京での被空襲体験、敗戦と占領、GHQ体験。旧日本評論社の労働組合、青年部、全日本印刷出版労組、二・一ゼネストとGHQの中止命令、レッドパージへの抵抗と挫折・・・。そして、高校社会科世界史教師としての再出発。そろそろ、今までの欧米中心主義に懐疑を持ち始める。亡き畏友鈴木亮のウエブサイトが、私・私達の拙い世界史・世界史教育への歩みを至極丹念に1999年10月、彼が亡くなるまで記録してくれている。鈴木亮『世界史の胎動-アジアの草むらの中から』 をぜひ読んでほしい。
 まず私はこう考えた。<敗戦後の日本国民に必要なのは、歴史意識一般、歴史的自覚一般ではなく、現代にふさわしい歴史意識であり歴史的自覚である。「平和と愛国」から一歩進めて、今世紀のアジア・アフリカの運命と結びついた日本史・世界史はいかなる構成・内容・記述であるべきか、東欧・アジア・アフリカ・メソアメリカ諸民族と同じ後進国の運命に苦しみながら、極東の番犬となることにより、アジアの“奴隷の主人公”として、上からの歪んだ近代化を行った近代日本の立場をはっきり自覚した世界史・日本史でなくてはならない。今までの日本観・アジア観・世界観や奴隷根性から抜け出て、アジアの草むらの中から世界史・日本史を捉えて行きたい。>
 そして、脇においたのは、まだ問題のある、ソ連アカデミア『植民地民族・従属国の歴史 第1-第3』(三一書房、1953-1954年)であった。欧米中心主義からの脱却を決定づけたのは、「八年間のゼミナール(西嶋定生「八年間のゼミナール」『図書』133号)に始まる。上原専禄史学との格闘であった。(上原専禄の思索の全貌を、せめて上原弘江編集の『上原専禄著作集 全28巻』によってでも読んで欲しい。的確に分析した業績は残念なことにいまだにほとんどない。私の知る限り、奈良教育大学紀要第54巻第1号(人文・社会)2005年収載の片岡弘勝の論文、「上原専禄「主体性形成」論における「近代」相対化方法-生涯にわたる時期区分とその指標-」のみである。上原の初期の作品「史心」に、「西洋学者のいふ『歴史的精神』とは、おのずから別の心情であらう」という記述がみられる。その際、「西洋学者」とは、マイネッケ、ランケ、ラムプレヒト、ウェーバー、ドープシュ等が想定されていると考えられる。「こうした西洋の歴史学の精神と方法をも相対化する志向が戦前期の上原の中に存在していたことは、次に挙げるような、ウィーン大学留学直前および戦中期の行動においても確かめることができる。」という片岡の分析は見事なものである。
 幸いにして、欧米中心主義の生活心情やそういう学と知に漬かっていた不敏の私は、西嶋のいう”八年間のゼミナール”に始まる上原史学との格闘の中で、そして三木亘・板垣雄三という畏友からの刺激・学習もあり、世界史の核と感じたパレスチナ問題に触れる中で、私に根を下ろしていた欧米中心主義から何とか脱却することができたのである。

 つづく ―― 次回第五回で板垣雄三「敬老の日講演配付資料」終わります 
画像ミケルアンジェロ羽仁五郎(岩波新書)

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2014年11月17日 (月曜日)

板垣雄三の言うスーパーモダニティ その三

Soku                                    吉田  旧制成城高校新聞部

  畏友板垣雄三の話ははじめての人にはすこし難解かもしれない。そこであらかじめ二つのインタビューをよんでおくとよいかもしれない。 に東大の人間文化研究機構地域研究推進事業「イスラーム地域研究」で行われた二回の板垣雄三先生インタビュー、ともに分量が多いが、ぜひ読まれるといい。今回の敬老の日の蒲田講演をIWJの収録で見て、長野の上諏訪に住む板垣さんに電話した。そして送っていただいた講演時の配付資料は「表紙を入れて25コマ分、講演当日の配付資料・映写スライドでは19抜かした」と添書きしてあった。これからこの配付資料を紹介したいが、一度で終わらないかもしれない。あらかじめお断りしておく。 講演当日配付資料は全25コマである。 板垣講演資料1・2 。
資料1 表紙 板垣雄三講演会 2014年9月15日(敬老の日)大田区立消費者生活センター 「欧米中心主義の世界が潰れるいま、日本はどう変わればいいのだろう」
資料2 序 世界の現状。パレスチナ、イラク・シリア、ウクライナ、・・・破局化が世界に拡大。 欧米中心の世界は終りだ、欧米中心のモノの考え方はもう古い、という人が多い。だが、台頭する中国・BRICSも、イスラームも、ASEANも、みんな欧米中心主義。 だが、没落の覚悟はできた欧米では、「対テロ戦争」の泥沼を拡げ、自己破壊の策略。 天皇制が米国制に変わって七十年、イメチェン日本は、米国に自衛隊差し出し、媚売る。 未来なき若者・弱肉強食・欺瞞政治・戦乱・殺し合い・環境破壊、人類共滅の危機  そこで今回は、欧米が世界に拓き、広めたという「近代」・「近代性」を考えよう。 「モダーン」・「近代的」は欧米の専売特許か? 否! 欧米はイスラームから学習した。 オリエンタリズムは、イスラームの「近代性」に憧れ学んだ欧米の羨望コンプレックス。 現代欧米のパラダイム変換は、イスラームに学ぶ再ルネサンス。ポストモダーンの嘘。 世界の「近代」は7世紀から。華厳思想(やがて宋学)とタウヒード。世界中(近代性)。 スーパーモダニティは欧米・日本に組み敷かれた。スーパーモダニティ復興のこれから。 日本社会はどうするか? 歴史認識、アジア外交、海外派兵、武力行使、原発、被災地、 健康被害、人口減少、外国人労働者、格差社会、人間の尊厳、教育・メディアの頽廃、 揺らぐ憲法、信頼されない司法・政治システム、産業・生業,食、清貧のモラル、宗教、オトコ社会、板垣雄三の言うスーパーモダニティ、尊重される多様性、科学技術と社会の関係、市民の力量、自然災害 板垣雄三講演資料 3・4
*黒船後 日本人にとっての近代化
                    ジョン万次郎        高橋 是清         黒田 清輝   
                    
福沢 諭吉               後藤 新平         秋山 真之      
                    
森 有礼                  大山 捨松         大石 誠之助      
                    新島 襄                  牧野 伸顕          南方 熊楠 
                    陸奥 宗光            内村 鑑三         夏目 漱石    
                    新島 八重               
新渡戸 稲造      幸徳 秋水      
                    西園寺 公望            森  鴎外           島崎 藤村         
                    伊沢 修二               岡倉 天心         与謝野 晶子
                    北里 柴三郎            福田 英子         滝 廉太郎    
                    山川 健次郎            津田 梅子         管野 スガ   
*欧米的「近代」を満喫 大正デモクラシー   
                   島村 抱月               大杉 栄             夢野 久作
                   長谷川 如是閑       中 勘助             日夏 耿之介   
                   吉野 作造               野上 弥生子      西条 八十         
                  有島 武郎                山田 耕筰         芥川 龍之介
                  小山内 薫               松井 須磨子       江戸川 乱歩 
                  阿部 次郎               平塚らいてう    伊藤 野枝       
                  高村 光太郎             石井 漠               宮沢 賢治         
                  竹久 夢二               柳原 白蓮           藤原 義江
                  三浦 環                  賀川 豊彦           横光 利一      
                  武者小路実篤         和辻 哲郎           中条 百合子
<吉田註:これは皆さんの体験・想像力で補充してほしい。列挙された人名は誘い水であろう。私も小中高以来の読書・諸アートの見聞により、いろいろ補充する。『アトリエ』『みずゑ』愛読、諏訪根自子、シャリアピン、新交響楽団、築地の新劇、上野の美術展等。にんじんにつぐ欧州映画の封切館 日比谷の帝劇の回数券購入。中学の時から欧州映画に漬かる。> 板垣雄三講演資料 5 「近代的」暮らし大正ロマン・昭和モダン 都市中間層/ブルジョワ/労働・農民・社会運動 政党政治/護憲運動/普選運動/治安維持法 米騒動/三一,五四/日本共産党/全国水平社 道路法/市街地建築法/都市計画/借地借家法 メートル法/国勢調査/オリンピック参加/メーデー 近郊開発・鉄道/阪神間モダニズム/高級住宅地 文化住宅/電話・電報/バス/市電/タクシー 百万部超の新聞/ラジオ/週刊誌/女性・児童誌 浅草オペラ/宝塚歌劇/映画/劇場/美術展 甲子園球場/外苑競技場/美容院/バスガール <吉田註:2014年11月ハロウィンの日渋谷駅交差点の馬鹿騒ぎ。欧米中心主義の生活文化を眼前に。日本はまだまだ欧米中心か?にんじんにつぐ欧州映画の封切館 日比谷の帝劇の回数券購入。中学の時から欧州映画に漬かる。>
板垣雄三講演資料6 米国イメージの変化と欧米中心主義 1945敗戦:{赤い靴→鬼畜米英}→理念の共和国 日本国憲法と日米安保条約 ワンセット構造 高坂正尭『宰相吉田茂』中公クラシックス(原著1968) 豊下楢彦『昭和天皇・マッカーサー会見』(岩波現代文庫2008)1946年8月27日貴族院本会議での南原繁の質問演説(著作集第九巻) 苅部直時評。天皇制から米国制へ アメリカ世(ゆー)独立 板垣雄三「悲観的楽観主義で生きのびる」、『私たちは22世紀を望めるのか』(紀伊国屋書店電子書籍 2013年)米国の内情 堤未果:貧困大国3冊/油井大三郎:好戦の共和国/大治 朋子:勝てないアメリカ(いずれも岩波新書} 失敗が使命のオバマ政権つまり欧米中心主義の粘り。 板垣雄三講演資料 7 欧米中心主義の終わり
その自覚は欧米で先行したアフガーニーや章炳麟ら被抑圧者の連帯団結・訴え シュペングラー:『西洋の没落』(1918-22 村松訳 五月書房) 歴史の三分法に反対 文化ライフサイクル=四季 高文化 エジプト、バビロニア、インド、中国、メキシコ、古典、アラビア、西洋 文化類型 マギ的(アラビア)/アポロ的<古典)/ファウスト的(西洋)ハインドマン『アジアの目覚め』(1919年)レーニン「遅れたヨーロッパと進んだアジア」(1913年 プラウダ)フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(1936)年、細谷・木田訳 中公文庫)(つづく)   
画像:【ソクラテス】  

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2014年10月26日 (日曜日)

板垣雄三のいうスーパー モダニティ その二

 
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                 吉田  
旧制成城高校新聞部

 

 私の世界史学習で畏友板垣雄三に刺激されたこと、学んだことはいろいろある。20世紀の60年代70年代のパレスチナ学習(二冊の記録になる)、中東文化センターでの「十字軍-思想と運動」、そして拙著『世界史講義 上・下』におさめた「ブナ林便り」の数編、第五章の十字軍史の意味以下五編、第十五章の「西洋型近代化」でなくイスラム化という別の近代化、第十六章「西洋」(西欧)対「東洋」(アジア)十字軍、東方問題、パレスチナ問題をひとつながりに見る、日東西三分法の問題性-板垣雄三「東方問題再考」を読む(この章の「ブナ林便り タウヒードとは何か黒田寿郎黒田美代子の所論を読む」、第二十章 第三世界と世界史学、第二十一章 第三世界と世界史学(続)、この章のブナ林便自「自分の中に第三世界を創っていくということ、第二十二章 世界史学とはどういう学問か?-私たちの「大学」で創り出すべき「新しい学と知」、その「ブナ林便り-世界史学と地域学との関係、第二十三章 世界史学への道程の始まりで-東アジア国際討議への報告、この章のブナ林便り-二十一世紀を臨み自国史と世界史を考える-学と知転換の場としての世界史学、世界史像の再構築に向けて-近代化は何処で何時始められ誰によって横取りされ歪められて変質していったのか
                  -(以上、1995年のまとめ)
  2014年、畏友板垣雄三さんは、ある意味で私の受け止めた世界史学の夢をいまや基礎的に理論的・実証的に試し創りし始めていると思う。彼は以前から講演の際、手作りの図解や豊富な独自な資料をつくり、これを映像化して説明を伝わりやすく,また聴衆の思考力・創造力を刺激し啓発する独自な手法をとっている。
 それにこたえて、岩上安身さん主宰のIWJという自主独立のウェブが、この8月の板垣邸でのインタビュー、9月初め敬老の日に東京・蒲田でおこなわれた彼の講演会を採録放送してくれた。
     →岩上安身責任編集“IWJ”(Independent Web Journal

 大手マスコミが腐敗し形骸化している昨今、会費を払っても充分知るべき世界・日本の真実をつかめる貴重なネットウェブである。高校新聞部の諸君はぜひ、会費を払ってでも利用されるとよい。9月敬老の日の重要な板垣講演は、私は歩行不全で行けなかったが、IWJのアーカイヴで見聞できた。希望して、とても写し切れなかった資料もそっくり彼が贈ってくれた。これからその資料に沿って彼のいわんとしていることをなぞっていきたいと思う。
 だ
が、その前に、ネットでみつけたイラストレーターの松井なつ代さんの板垣講演を聞いた感想を紹介しておきたい。
<<板垣雄三先生、ありがとう! 全長9時間になんなんとする長編インタビューをついに完聴!今までいろいろ見たり聞いたりしたものの中で、間違いなくこれは素晴らしいものでした。目から鱗が落ちるというけど、かなり衝撃的な体験でした。最後に先生はリベラルの主張の元も、欧米中心主義にどっぷり毒されているのが、悲劇的だということを言われました。
 時間がある人はぜひ見て欲しい。いろんな世界情勢の繋がりに納得するし、頭がクリアになります。長い長い人類の歴史をこういう見方で、改めてたどることができて、本当に良かった。板垣先生とIWJに心から感謝します。>>
 私はかつて、F0RUM高校生新聞に<終わりの終わり>と<始まりの始まり>を書いた。 いま、板垣雄三、かれは<終わりの終わり>をあとづけ、<始まりの始まり>の新しい「学」と「知」の道をつけようとしている。

画像:世界史の構想 21

 

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